福岡地方裁判所 昭和60年(ワ)2319号 判決 1987年1月22日
原告
斉藤信子
被告
坂本一成
主文
一 被告は、原告に対し、金八四万二七五〇円及び内金七六万二七五〇円に対する昭和六〇年九月六日から支払すみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金一二五万八八七六円及び内金一一〇万八八七六円に対する昭和六〇年九月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 発生日時 昭和六〇年二月一七日午後五時三五分
(二) 発生場所 太宰府市大佐野一七五番地先路上
(三) 加害車両 普通乗用自動車(福岡三三め一七二〇号、以下「加害車」という。)
右運転者 被告
(四) 被害車両 原動機付自転車(以下「被害車」という。)
右運転者 原告
(五) 態様 被害車が杉塚方面より牛頸方面に向け幹線道路を直進中、前記場所において、加害車が右折しようとして見通しの悪い信号機の設置されていない交差点内に停車したところに、被害車が衝突した(以下「本件事故」という。)
2 責任原因
被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供しているものである。
3 損害
(一) 原告は、本件事故により、昭和六〇年二月一七日から同年四月六日までの入院加療、同年四月七日から同年八月一九日までの間に実通院日数三三日間の通院加療、検査を要した頭部外傷兼頭蓋内出血、頭蓋骨骨折、頸部捻挫、左外耳道出血の傷害を受けた。
(二) 入院付添費 金五万一二〇〇円
右は、原告の義母が右入院期間のうち一六日間原告に付添つて看護したので、付添費一日当り金三二〇〇円として一六日分の合計額である。
(三) 付添のための通院交通費 金四万二七九〇円
右は、大阪に居住する原告の義母の前記付添のために要した交通費の合計額である。
(四) 入院雑費 金四万九〇〇〇円
右は、原告の一日当たり金一〇〇〇円の割合で右入院期間四九日分の入院雑費の合計額である。
(五) 通院交通費 金二万六七六〇円
右は、原告が昭和六〇年四月一〇日から同年七月六日までの間、自宅から那珂川病院へ通院した際の交通費と、同年八月三日、自宅から古賀病院へ通院した際の交通費の合計額である。
(六) 医師及び看護婦に対する謝礼 金八五〇〇円
(七) 逸失利益 金二三万〇六二六円
原告は、主婦であり、女子労働者の平均賃金は一月当り金一四万一二〇〇円であるところ、本件事故により、昭和六〇年二月一七日から同年四月六日までの四九日間入院し、その間家事労働に従事できなかつたので、右金額の損失を被つた。
(八) 慰謝料 金一一〇万円
原告は、本件事故により受けた傷害のため、昭和六〇年二月一七日から同年八月一九日ころまで頭痛、めまい、嘔気に悩まされ、その被つた精神的肉体的苦痛に対する慰謝として金一一〇万円が相当である。
(九) 弁護士費用 金一五万円
原告は、本件につき、財団法人交通事故紛争処理センターに示談斡旋の申立をしたが、被告が誠意を示さず不調に終わり、そのため原告訴訟代理人に本件訴訟追行を委任し、報酬を約した。そのうち金一五万円は被告において負担すべきである。
4 損害の填補
原告は、被告から金四〇万円を受領したので前項の(二)ないし(八)の損害の一部に充当する。
5 よつて、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、損害額から既払分を控除して、金一二五万八八七六円及び内金一一〇万八八七六円に対する昭和六〇年九月六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2及び4の事実は認める。
2 請求原因3の事実は知らない。
三 抗弁
1 免責の主張
(一) 本件事故発生地点である交差点は、左右の見通しが悪く、被告の進行道路から交差点を通過するためには、事故発生時に被告が停車していた地点まで交差点内に進入しなければ、右方から走行して来る車両等の有無を確認することができない。したがつて、被告は、交差点を右折する際に必要な左右の安全を確認する注意義務をつくしているのであるから、被告には過失がない。
(二) 原告は、見通しの悪い本件交差点に進入するときは、減速し、かつ、右方の道路脇に設置されている二基のカーブミラーを利用するなどの方法で、前方の状況を十分に注意しなければならないのに、それを怠つた過失があり、原告の右過失によつて本件事故が発生した。
2 過失相殺の主張
原告には、本件事故につき、前項(二)記載の過失がある。
3 被告は、原告に対し、前記一の4の金四〇万円の他、次の内訳で合計金一四六万〇一〇六円を支払つた。
(一) 治療関係費 金一四一万一〇二〇円
(二) 付添看護料 金三万四〇九六円
(三) 交通費 金一万四九九〇円
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1及び2の事実は否認する。
2 抗弁3の事実は知らない。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない甲第一ないし第四号証、第二四号証の一、二、第二五号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、請求原因3(一)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
三 免責の抗弁についてまず判断する。
成立に争いのない甲第二四号証の一、二、第二五ないし第二七号証、乙第二号証の一ないし八、被告本人尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)を総合すれば、次の事実が認められる。
1 本件事故発生場所は、東南東から西に通じる幅員約七メートルのアスフアルト舗装された優先道路と南北に通じる幅員約一五メートルのアスフアルト舗装された道路からなる交通整理の行われていない交差点内で、東南東から西に通じる道路は、最高速度四〇キロメートル、追越しのための右側部分はみだし禁止と規制されており、杉塚方面から右交差点に向かつての見通し状況は、交差点の手前で左にカーブし、付近に人家があることなどから不良であり、一方、南北に走る道路は、交差道路の南側部分は開通しているが、北側部分は、新設中の道路で、当時通行止めになつていて、通行の用に供されてなく、その東側を自動車一台が通行できる程度開けて残部はガードレールで閉鎖されており、右開設部分から交差道路右方の見通し状況は、右方に人家があるためにきわめて不良で、正面にカーブミラーが設置されているが、そのカーブミラーを見ても右側の道路の様子はほとんど見えない状況にあつたこと。
2 被告は、右開設部分から右交差点を右折しようとして、交差点手前で一旦停車したものの、右方の見通しが悪く、また、交差道路を左方から右方へ向かつて進行する車両があつたところから、加害車を交差点内に進出させて停車すれば、右方から来た車両が自己に進路を譲つてくれるであろうから、その間に左方からの車両が途切れたら右折しようと考え、交差道路を右方から交差点内へ接近して来た被害車に全く気付かないまま加害車を交差点内に約一メートル進出させて停車したところ、折から交差道路を右方から左方に向かつて時速約三〇キロメートルで進行して来た被害車が加害車の右前部に衝突したこと。
被告本人尋問の結果中、右認定に反する供述部分は、前記甲第二五号証(右証拠は、事故後さほど期間が経過していない段階における被告の捜査官に対する供述調書であつて、供述内容は、単に不注意であつたと認めるだけでなく、事故時の被告の心理状態を具体的に述べている上、内容も自然であり、信用できる。)に照らし採用できない。
3 右認定の事実によれば、被告が、交差道路の左方から来る車両に気をとられ、右方から来る車両に対して注意を払つていなかつたことが推認できるから、本件事故につき、被告が「自動車の運行に関し注意を怠らなかつた」ものとは認められない。
よつて、被告の免責の主張は、その余の点を検討するまでもなく理由がない。
四 そこで、原告の損害について判断する。
1 入院付添費について
成立に争いのない甲第一ないし第二一号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告が前記傷害の治療のため、昭和六〇年二月一七日(事故当日)から同月二二日まで筑紫野市内の加藤田外科医院に入院し、同日、福岡市内の医療法人喜悦会那珂川病院に転院して、同年四月六日まで入院治療を受けたこと、右那珂川病院入院中も付添看護婦を必要とし、その間、原告の義母が大阪から来てこれに当たつたことが認められる。
右一六日間の入院付添費としては、一日当り金三二〇〇円を相当とするから合計金五万一二〇〇円を付添費の損害として認める。
2 付添のための通院交通費
右1で認定した事実並びに原告本人尋問の結果の結果及び成立に争いのない甲第五ないし第一一号証によれば、付添のための交通費として、原告の義母の大阪と原告宅の往復交通費及び原告宅と那珂川病院の一六日間の往復交通費の総額金四万二七九〇円を要したことが認められ、右金額を付添人の通院交通費の損害と認めるのが相当である。
3 入院雑費について
原告の前記四九日の入院期間中の入院雑費としては、一日当り金一〇〇〇円を下らない割合の出費を要したものと推認するのが相当であるから、右期間で合計金四万九〇〇〇円を入院雑費の損害として認める。
4 通院交通費について
成立に争いのない甲第二ないし第四号証、第一二ないし第二一号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、前記那珂川病院に昭和六〇年四月七日から同年七月六日まで(実日数二六日間)、福岡市内の福岡赤十字病院に同年五月一三日に(同一日)、久留米市内の古賀病院に同年八月三日に(同一日)、福岡市内の吉田耳鼻咽喉科病院に同年三月二〇日から同年八月一九日まで(同五日)、それぞれ通院し、本件事故による傷害の治療及び検査を受けたこと、そのために原告が、原告宅と右那珂川病院、原告宅と古賀病院の往復交通のため合計金二万六七六〇円を要したことを認めることができるから、右金額が通院交通費の損害と認めるのが相当である。
5 医師及び看護婦に対する謝礼について
成立に争いのない甲第二二、二三号証及び原告の本人尋問の結果を総合すれば、原告が、那珂川病院の医師に対し、金六〇〇〇円相当の、看護婦に対し、金二五〇〇円相当の品物を謝礼として贈つたことを認めることができるから、右謝礼相当額金八五〇〇円を損害として認めるのが相当である。
6 逸失利益について
右1で認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、主婦であるところ、本件事故による傷害のため、昭和六〇年二月一七日から同年四月六日まで四九日間家事労働に従事できなかつたことを認めることができる。主婦の家事労働の価値は女子労働者の平均賃金とみるのが相当であり、昭和五八年度賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の女子労働者の平均給与月額は、金一四万一二〇〇円であるから、四九日間の損失として金二三万〇六二六円を認めるのが相当である。
(141,200÷30×49=230,626)
7 慰謝料について
前記二及び四の1で認定の原告の受傷内容治療経過、加えて、成立に争いのない甲第一ないし第四号証、原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、本件事故により受けた傷害のため、前記治療期間中、頭痛、めまい、嘔気に悩まされたことを認めることのでき、更に、後記のとおり原告にも本件事故発生の一因をなす過失が認められること、その他諸般の事情を考慮すれば、本件事故によつて原告が受けた精神的肉体的苦痛を慰謝するために相当な額は、金八〇万円と認める。
8 過失相殺について
前記三で認定のとおり、原告は、自己の進行道路が事故発生地点の交差点手前で左にカーブしている上、付近には人家もあつて前方に対する見通しが不良であつたにもかかわらず、時速約三〇キロメートルで進行し、本件事故を惹起したものであるから、右のような道路状況のもとにおいて、原告にも徐行義務をつくさなかつた点に本件事故発生の一因をなす過失があつたといわざるをえない。
なお、原告本人尋問の結果中、原告は、右交差点手前で減速した旨供述するが、右供述は、前記甲第二六号証に照らし採用できない。また、原告本人尋問の結果によれば、原告は、自己の進路右前方に設置されたカーブミラーで前方の安全を確認しなかつたことが明らかであるが、成立に争いのない乙第八号証及び証人平嶋英美の証言によれば、右カーブミラーは、原告が走行していた優先道路を走行する車両が前方の安全を確認するために設置されたものとは認め難いから、原告が右カーブミラーで前方の安全を確認しなかつたことをもつて原告の過失と認めるのは成当でない。
右のとおり、原告にも本件事故発生につき過失が認められるが、既に認定のとおり、原告の走行道路が優先道路であること、右証人平嶋英美の証言によれば、被告が走行して来た前記開設部分は、付近住民のために開設されたにすぎない通行止めにされている道路であること等の事情に照らすと、原告と被告の過失の割合は、二対八であると認めるのが相当である。
本件においては、原告の過失が右のとおり小さいものであること、その他諸般の事情を考慮すると、本件損害のうち、治療に要した費用相当部分については過失相殺による減額をせず、慰謝料についても右事情を含めて算定してあるので過失相殺による減額をしないが、逸失利益についてのみ過失相殺をし、前記認定額からその二割を減額するものとする。
9 損害の填補
成立に争いのない乙第三号証、第四号証の一ないし四、第五号証、第六号証の一ないし三及び被告本人尋問の結果を総合すれば、原告が本件事故により被つた損害のうち、原告が本訴で請求している費目以外の治療費関係分として加害車の自賠責保険及び任意保険から損害の填補として被告主張の金一四六万〇一〇六円が原告に支払われていることが認められる。また、その他に被告から原告に対し金四〇万円が支払われていることは当事者間に争いがない。
10 以上のとおり、本件事故による原告の損害は、治療費等関係分金一六三万八三五六円、逸失利益金一八万四五〇〇円、慰謝料金八〇万円、合計金二六二万二八五六円であるところ保険等からの損害填補額合計は金一八六万〇一〇六円であるから、これを控除した原告の残損害額は金七六万二七五〇円となる。
11 弁護士費用
被告が任意に前記損害額の支払をしないため、原告が原告訴訟代理人弁護士に本訴の提起、遂行を委任したことは当裁判所に明らかであるところ、本件訴訟の難易、訴訟の経過前記認容額、その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係ある弁護士費用としては、金八万円を相当と認める。
五 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、金八四万二七五〇円及び内金七六万二七五〇円に対する本件事故発生の日より後の日であることが明らかな昭和六〇年九月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 照屋常信)